読書道楽

素晴らしい新世界」ハックスリー(講談社文庫)

未来小説。著者は、流れ作業の大量生産体制が始まったことと、社会に蔓延する科学主義と平等思想に恐れを感じたのであろうか。この本で描かれている社会はフォード歴を採用している。個性は全て否定される世界である。徹底して卵子精子の結合が人間であるとする世界である。大きな施設で精子卵子とその結合がコントロールされ、成長の過程で将来の稼働場所見合った免疫を付けさせられ、没個性の人間が作り出されていく。それを管理するのはエリートとしての成長過程を経てきた者である。従って母親や父親などという概念はこの世界にはなく、それはまだ人類が野蛮人時代にあった遅れた概念だということになっている。成長過程の若干不手際から平均的でなく、そのぶん個性を感じさせるものが出てきて、結局危険視されて島流しになる。それと野蛮人保存地区からやってきた野蛮人が出てくる。この野蛮人の瑞々しさの実在感は抜群である。野蛮人保存地区での肌の色が白い故にその共同体の尤も大事な儀式に入れてもらえないことから来る孤独感の独白、新しい文明国の世に来て母の死に会った際に死の荘厳さを理解しない文明人に死を汚されたと感じたときの状況、最後に文明の汚れから身を守ろうと悲壮な決意を実行に移している時の状況等何となく切なく、美しく、素晴らしいのだろう。しかし、著者はまさに悲劇的に話を終わらせる。右悲壮な決意と実行もこの文明の世界では面白い見世物である。マスコミが隠し撮りをして放映に成功し、観光客が一杯来る。数に勝る観光客は、酒やたばこの害がなく、気分だけは全てを忘れて幸福感にひたす文明世界にある薬品を、その服用を拒否するこの野蛮人に結局は力ずくで飲ませることに成功する。翌朝気が付いた野蛮人は自殺してこの文明から自己を守ろうとする。著者はどうしようもない即物的な悪魔的な精神の増長とそれによる社会の管理の実現が十分可能性あるものとして想像したのである。その力は圧倒的である。自己を守ろうとするなら、自殺しかない位にと言っているように思う。しかし、これは誇張ではない。ここに表現されている世界になって可笑しくないような発想や行動は様々な形で表面化してきている。臓器の結合が人間、悪い臓器は良い臓器と変えれば良い、親子などのつながりを重視するのは古い考え、もちろんご先祖など全く関係ない、結婚は個人の結合、だから結婚してどちらかの姓を名乗らなければならないなど可笑しい、好きなら結婚こだわるのも可笑しい。